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■「わたしたち、はだし」

吉本由美とラディカ ジャーによる、
|flowers| dance performance @ ルクセンブルクハウス
「わたしたち、はだし」
5月16日(木)・17日(金)・18日(土)にむけて...
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遠く遠く果てしなくはなれて見ず知らずたっだ2人が
長い長い距離と沢山のできごとの旅の果てに
ぐうぜんにも出会った
ばしょは日本にあるルクセンブルク大使館
由美とラディカ
あいさつをかわして2人はテーブルにつく
  
フラワーズ流この世界の仕組み プチ解剖図

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子どもの頃、じぶんの見ている範囲以外の世界は止まっていると思っていた。
この角を曲がるまではその向こうの車も人もみんなストップモーションで、
私が行くまで待っていると思っていたのだ。
じぶんの後ろには世界は無く、振り返るその瞬間に世界はできるのだと思い、
出来上がる寸前の世界を見ようと何度も何度も振り返っていたという友達もいる。


とうぜん、この世界はそんなふうにできているわけは無く、ある日、私が見ていない
ところでも世界は複雑につねにうごいていると知らされた。
驚愕だった。じぶんの頭の中を劇的に修正しなければならないと思い至ったその時を
今も鮮明に覚えている。小学校に上がる少し前だったと思う。


その日から長い時間が過ぎて私は大人になり、大人になってからも長い時間が過ぎた。
でもやっぱり、この世界はどういうことなのか、どういう仕組みなのか知りたくてしかたがない。
さすがに今はもう、見ている以外の世界は止まっているなどとは思わないけれど、頭の中で妄想
をかさねながら、手を尽くしていろいろな方向から、いろいろな角度から作品をつくり、
その仕組みの謎に挑戦している次第だ。


最近の関心事は、個の存在というものを飲み込みながら息づいている「全体」のようなものがある
んじゃないかという感覚。
科学や物理は苦手なので、ちょっとちがう方向からアプローチしている私の場合、むずかしい方程式
などは使わないので、すごく融通が利いて便利だ。
沢山の人の髪の毛でできたドレスを着て踊ったり、数多の写真の粒子を浴びて踊ったら自分は何を
踊るのか試してみたり、自分の感覚に忠実に従いながらアプローチを重ねている。


今回はまず、ラディカさんという女性と出会ったところから作品作りがスタートした。
ラディカさんはインドで生まれ、インド舞踊家であり、小説家であり、ルクセンブルクの人と結婚
をし、今、日本に来ている。
私は日本で生まれ、パフォーマンスをしていて、日本の人と結婚をし、今、日本にいる。


広大な空間に漂う二つの粒子が、長大な軌跡を描くその道の途中に出会い、そしてまた離れ、
さらに軌跡を描き続ける映像が脳裏にうかんだ。
あるいは、おおきな「全体」のうねりの中にあった二つの粒子がそのときその場所で偶然にも浮上し、
出会う。そしてやはりまた、「全体」のうねりの中に戻って行く(埋没していく)というかんじ。
二つの粒子の他に、Traveling furniturと題されたもう一つの粒子も大切な要素になりそうだ。


自分の見ていないところでも世界はうごいているんだと軌道修正させられた女の子は未だに私の中に
住んでいて、自分の読み取っている、あるいは予感している「この世界」を構築してみたがる。
仕方が無いのでここしばらくはこの女の子の言うなりになってみようと思っている。
yumi



nemoto ship yard, 2010 6'17
nemoto ship yard, 2010 0'32
3331 2010 5'35
nemoto ship yard, 2011 3'16
"entoantomocomeshi" 2011
attic 9'57 120120_27
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promotion 9'36